Salesforce GraphQL API:開発者のためのモダンなデータアクセス


背景と応用シーン

現代のウェブアプリケーション開発において、データの取得と管理は常に重要な課題です。従来のREST API(リプレゼンテーショナル・ステート・トランスファー・アプリケーション・プログラミング・インターフェース)やSOAP(シンプル・オブジェクト・アクセス・プロトコル)は広く利用されていますが、複雑なデータ要件や多様なクライアントに対応する際にいくつかの課題を抱えることがあります。

例えば、REST APIでは複数の関連データを取得するために複数のエンドポイントを呼び出す必要があり、これにより「N+1問題」や「オーバーフェッチング(過剰なデータ取得)」「アンダーフェッチング(不足するデータ取得)」といった問題が発生しがちです。特にモバイル環境や帯域幅が限られた状況では、これらの非効率性がパフォーマンスに大きな影響を与えます。

そこで登場したのが、GraphQLです。GraphQLは、APIのためのクエリ言語であり、サーバーサイドランタイムです。クライアントがどのようなデータを必要とするかを正確に指定できるため、必要なデータのみを効率的に取得できます。これにより、ネットワークトラフィックが削減され、アプリケーションのパフォーマンスが向上します。

Salesforceにおいては、特にLightning Web Components (LWC)Experience Cloud(旧Community Cloud)のようなモダンなフロントエンド開発において、GraphQLの利点が最大限に活かされます。LWC開発者は、UIに必要なデータだけを宣言的に定義し、Salesforceのバックエンドから取得することができます。これは、Salesforceが提供するデータの複雑性と、ユーザー体験を最適化したいというニーズに合致する強力な機能です。

具体的な応用シーンとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • 複雑な階層構造を持つ取引先(Account)と関連する取引先責任者(Contact)や商談(Opportunity)のデータを単一のリクエストで取得する。
  • 特定の条件に合致するレコードをフィルタリングし、必要なフィールドのみを効率的に取得する。
  • Experience Cloudサイトで、ユーザーがカスタマイズ可能なダッシュボードやデータビューを構築する際に、動的なデータフェッチングを実現する。

原理説明

GraphQLの核心は、クライアントがデータ取得の「形」を定義できる点にあります。GraphQL APIは通常、単一のエンドポイント(Endpoint)を提供し、クライアントはそのエンドポイントに対して、必要なデータ構造を記述したクエリ(Query)を送信します。サーバーは、そのクエリに基づいてデータを処理し、指定された形式でレスポンスを返します。

SalesforceのGraphQL APIもこの原則に従います。Salesforceは、既存のデータモデル(標準オブジェクト、カスタムオブジェクト、フィールドなど)をGraphQLスキーマとして公開しています。このスキーマは、利用可能なデータ型、フィールド、そしてそれらの関係性を厳密に定義しており、イントロスペクション(Introspection)機能を通じてスキーマ自体をクエリすることも可能です。これにより、開発者はAPIが提供するデータ構造を容易に理解し、ツールによる自動補完やバリデーションの恩恵を受けられます。

SalesforceのGraphQL APIは、主に以下の方法で利用されます。

  1. Lightning Web Components (LWC) の uiGraphQLApi モジュール: LWCは、SalesforceのUI開発における最新のフレームワークであり、uiGraphQLApiモジュールを介してGraphQLクエリを実行できます。これは、@wireデコレータを使った宣言的なデータバインディングや、より柔軟な命令的(Imperative)なデータフェッチングの両方をサポートします。このモジュールは、Salesforceオブジェクトのデータ(SOQLで取得できるもの)をGraphQLクエリとして扱うことを可能にします。
  2. Connect API GraphQL Explorer: SalesforceのConnect APIは、RESTfulなAPI群ですが、その一部としてGraphQL Explorerを提供しています。これは、開発者がSalesforce組織のGraphQLスキーマを探索し、テストクエリを実行するためのツールです。ただし、これは主に探索とテストを目的としており、アプリケーションからの直接的なデータ取得にはLWCのuiGraphQLApiが推奨されます。

GraphQLクエリは、HTTP POSTリクエストのボディとして送信され、サーバーからのレスポンスはJSON形式で返されます。クエリ内では、オブジェクト、フィールド、そしてネストされたリレーションシップを指定できます。例えば、取引先(Account)のNameと、それに紐づく取引先責任者(Contact)のFirstNameとLastNameを一度に取得するといったことが可能です。

ミューテーション(Mutation)についても触れておくと、GraphQLではデータの作成、更新、削除を行う操作をミューテーションと呼びます。SalesforceのGraphQL APIは主にデータ取得(クエリ)に焦点を当てていますが、将来的にはミューテーションのサポートも拡大される可能性があります。現時点では、LWCのuiGraphQLApiは主にデータ取得に特化しています。

サンプルコード

ここでは、Lightning Web Components(LWC)でuiGraphQLApiモジュールを使用してSalesforceの取引先(Account)データを取得する具体的な例を示します。この例では、ユーザーが入力したキーワードに基づいて取引先を検索し、その結果を表示します。

まず、HTMLテンプレートとJavaScriptファイルを作成します。

AccountSearch.html

<template>
    <lightning-card title="GraphQLによる取引先検索" icon-name="standard:account">
        <div class="slds-m-around_medium">
            <lightning-input label="検索キーワード" onchange={handleSearchChange} value={searchKey} class="slds-m-bottom_small"></lightning-input>
            <lightning-button label="検索" onclick={handleSearch} variant="brand"></lightning-button>
        </div>

        <template if:true={accounts}>
            <div class="slds-m-around_medium">
                <h3>検索結果</h3>
                <template if:true={accounts.records.length}>
                    <ul>
                        <template for:each={accounts.records} for:item="account">
                            <li key={account.Id}>
                                <p><b>取引先名:</b> {account.Name} ({account.Id})</p>
                                <p><b>電話番号:</b> {account.Phone}</p>
                                <p><b>Webサイト:</b> {account.Website}</p>
                                <hr/>
                            </li>
                        </template>
                    </ul>
                </template>
                <template if:false={accounts.records.length}>
                    <p>一致する取引先は見つかりませんでした。</p>
                </template>
            </div>
        </template>

        <template if:true={error}>
            <div class="slds-m-around_medium slds-text-color_error">
                <p>エラーが発生しました:</p>
                <pre>{error}</pre>
            </div>
        </template>
    </lightning-card>
</template>

AccountSearch.js

import { LightningElement, track } from 'lwc';
// uiGraphQLApiモジュールからquery関数をインポートします
// これはLWCでGraphQLクエリを実行するための主要な関数です
import { query } from 'lightning/uiGraphQLApi';

export default class AccountSearch extends LightningElement {
    @track searchKey = ''; // 検索キーワードを保持するプロパティ
    @track accounts;     // 検索結果の取引先データを保持するプロパティ
    @track error;        // エラーメッセージを保持するプロパティ

    // 検索キーワード入力フィールドの値が変更されたときに呼び出されます
    handleSearchChange(event) {
        this.searchKey = event.target.value;
    }

    // 検索ボタンがクリックされたときに呼び出されます
    async handleSearch() {
        this.accounts = undefined; // 以前の結果をクリア
        this.error = undefined;    // 以前のエラーをクリア

        // 検索キーワードが空の場合は何もしません
        if (!this.searchKey) {
            this.accounts = { records: [] }; // 空の結果を表示
            return;
        }

        try {
            // GraphQLクエリの定義
            // query関数に渡すクエリはバックティック記号 (`) で囲みます
            const graphqlQuery = `
                query accountsBySearchKey($searchKey: String) {
                    uiapi {
                        query {
                            Account (
                                // where句で検索条件を指定します
                                // like演算子を使用して部分一致検索を行います
                                // searchKey変数には%記号を追加してワイルドカード検索にします
                                where: {
                                    Name: { like: $searchKey }
                                }
                                // orderBy句で検索結果のソート順を指定します
                                orderBy: {
                                    Name: { field: "Name", order: ASC }
                                }
                                // firstとlastで取得するレコードの範囲を指定します
                                // ここでは最初の10件を取得します
                                first: 10
                            ) {
                                edges {
                                    node {
                                        Id
                                        Name { value } // Nameフィールドの生の値をValueとして取得
                                        Phone { value } // Phoneフィールドの生の値をValueとして取得
                                        Website { value } // Websiteフィールドの生の値をValueとして取得
                                    }
                                }
                                // pageInfoとtotalCountでページング情報と総数を取得できます
                                pageInfo {
                                    hasNextPage
                                    endCursor
                                }
                                totalCount
                            }
                        }
                    }
                }
            `;

            // クエリに渡す変数を定義します
            // $searchKey変数にユーザーが入力したキーワードを渡します
            const variables = {
                searchKey: `%${this.searchKey}%` // LIKE検索のために%を追加
            };

            // query関数を実行してSalesforceからデータを取得します
            // query関数はPromiseを返します
            const result = await query({
                query: graphqlQuery,
                variables: variables
            });

            // 取得した結果を整形してLWCプロパティに割り当てます
            // GraphQLのレスポンス構造はネストされているため、必要なデータにアクセスします
            if (result && result.uiapi && result.uiapi.query && result.uiapi.query.Account) {
                this.accounts = {
                    records: result.uiapi.query.Account.edges.map(edge => ({
                        Id: edge.node.Id,
                        Name: edge.node.Name.value,
                        Phone: edge.node.Phone ? edge.node.Phone.value : 'N/A', // Phoneがnullの場合の処理
                        Website: edge.node.Website ? edge.node.Website.value : 'N/A' // Websiteがnullの場合の処理
                    }))
                };
            } else {
                this.accounts = { records: [] }; // 結果がない場合
            }

        } catch (error) {
            // エラーが発生した場合の処理
            console.error('GraphQLクエリのエラー:', JSON.stringify(error, null, 2));
            this.error = JSON.stringify(error, null, 2); // エラーメッセージを表示
        }
    }
}

コード解説:

  • import { query } from 'lightning/uiGraphQLApi';: LWCでGraphQLクエリを実行するためのquery関数をインポートします。
  • graphqlQuery変数: ここでGraphQLクエリ文字列を定義します。
    • uiapi { query { Account(...) } }: SalesforceのUI API経由でオブジェクトをクエリするためのパスです。
    • where: { Name: { like: $searchKey } }: Nameフィールドに対してlike演算子で検索キーを用いた部分一致検索を行います。$searchKeyは、外部から渡される変数です。
    • orderBy: { Name: { field: "Name", order: ASC } }: 検索結果を取引先名で昇順にソートします。
    • first: 10: 最初の10件のレコードを取得します。
    • edges { node { Id Name { value } Phone { value } Website { value } } }: GraphQLの標準的な接続(Connection)モデルに従って、edgesnodeを通じて個々のレコードとそのフィールドにアクセスします。{ value }は、LWCのGraphQLで特定のフィールドの生の値を取得するために使用されます。
  • variablesオブジェクト: クエリに渡す動的な値を定義します。ここではsearchKeyにユーザー入力値の前後を%で囲んだ文字列を渡し、SQLのLIKE演算子のように機能させます。
  • await query({ query: graphqlQuery, variables: variables });: 実際にGraphQLクエリを実行します。この関数は非同期なのでawaitを使用します。
  • エラーハンドリング: try...catchブロックを使用して、API呼び出し中に発生する可能性のあるエラーを捕捉し、ユーザーに表示します。

このサンプルコードは、LWC開発者がいかに宣言的かつ効率的にSalesforceデータを取得できるかを示しています。

注意事項

Salesforce GraphQL APIを利用する際には、以下の点に注意が必要です。

  1. 権限とセキュリティ (Permissions and Security):

    GraphQLクエリは、実行中のユーザーのコンテキストで実行されます。これは、従来のSOQL(Salesforce Object Query Language)と同様に、フィールドレベルセキュリティ(FLS)、オブジェクトレベルセキュリティ(OLS)、共有設定(Sharing Settings)が適用されることを意味します。ユーザーがアクセス権限を持たないオブジェクトやフィールドは、クエリ結果に含まれません。また、共有設定によって、ユーザーが参照できないレコードもフィルタリングされます。これにより、データのセキュリティと整合性が保たれます。

  2. API制限 (API Limits):

    GraphQLクエリは、Salesforceの全体的なAPI呼び出し制限の対象となります。特にLWCのuiGraphQLApiを使用する場合、各GraphQLリクエストは組織のAPIリクエスト制限に貢献します。複雑なクエリや多数のクエリを短時間に実行すると、制限に達する可能性があります。また、GraphQL自体にはクエリの深さ(Query Depth)やノード数(Node Count)に関する内部的な制限が存在し、過度に複雑なクエリは拒否されることがあります。これらの制限は、システムのパフォーマンスと安定性を維持するために設けられています。

  3. エラー処理 (Error Handling):

    GraphQLのレスポンスには、データと同時にerrors配列を含めることができます。データの一部が取得できたとしても、同時にエラー情報が提供される場合があります。LWCのuiGraphQLApiを使用する場合、JavaScriptのtry...catchブロックでエラーを捕捉し、error.body.errorsなどのプロパティをチェックして、詳細なエラーメッセージをユーザーに表示することが重要です。適切なエラー処理は、堅牢なアプリケーションの構築に不可欠です。

  4. データ型とスキーマ (Data Types and Schema):

    SalesforceのGraphQLスキーマは厳密に型付けされています。クエリの記述時には、フィールドのデータ型を正確に理解しておく必要があります。例えば、リレーションシップフィールドは独自のネストされた構造を持つため、適切な構文でアクセスする必要があります。イントロスペクションクエリを使用してスキーマを探索することで、利用可能なフィールドとそれらの型に関する情報を取得できます。

  5. ミューテーションの制限 (Mutation Limitations):

    現在のところ、LWCのuiGraphQLApiは主にデータ取得(クエリ)に特化しており、データの作成、更新、削除を行うためのミューテーション機能は制限されています。データの変更が必要な場合は、引き続きApexメソッド(@AuraEnabled)や標準のUI API (lightning/uiRecordApi) を利用する必要があります。

まとめとベストプラクティス

Salesforce GraphQL APIは、LWC開発者にとって、Salesforceデータの取得方法に革命をもたらす強力なツールです。クライアントが真に必要とするデータのみを、単一のリクエストで効率的に取得できるため、アプリケーションのパフォーマンスと開発者の生産性が大幅に向上します。

主なメリット:

  • 効率的なデータ取得: オーバーフェッチングやアンダーフェッチングの問題を解消し、ネットワークトラフィックを削減します。
  • 宣言的なデータフェッチング: UIに必要なデータを直感的に記述できます。
  • 厳密な型付けとイントロスペクション: スキーマが明確であり、開発ツールによるサポートが容易です。
  • 単一のエンドポイント: 複雑なデータ構造も単一のAPI呼び出しで処理できます。

ベストプラクティス:

  • 必要なフィールドのみを要求する: 不必要なフィールドをクエリに含めないことで、パフォーマンスを最大化し、API制限への影響を最小限に抑えます。
  • クエリ変数を活用する: 動的な値をクエリに渡す際には、ハードコードするのではなく、必ずクエリ変数を使用してください。これにより、クエリの再利用性とセキュリティが向上します。
  • エラーハンドリングを徹底する: 常にtry...catchブロックとGraphQLのerrors配列をチェックし、ユーザーに分かりやすいエラーメッセージを提供するようにします。
  • リレーションシップを賢く利用する: ネストされたクエリは強力ですが、あまりにも深くネストするとパフォーマンス問題やAPI制限に抵触する可能性があります。深さを考慮し、必要最小限のリレーションシップのみをクエリするようにします。
  • ドキュメントとスキーマ探索を活用する: developer.salesforce.comの公式ドキュメントや、Connect API GraphQL Explorerを使用して、利用可能なオブジェクト、フィールド、リレーションシップを理解し、最新情報を把握します。

Salesforceは、モダンな開発ニーズに応えるためにGraphQLの機能を継続的に拡張しています。特にLWCとExperience Cloudにおけるその存在感は増しており、これからのSalesforce開発において不可欠なスキルとなるでしょう。このAPIを効果的に活用することで、より高性能でユーザーフレンドリーなアプリケーションを構築することが可能になります。

SalesforceのGraphQL APIは、データアクセスの未来を示しており、開発者がより効率的かつ柔軟にプラットフォームの能力を引き出すための鍵となることでしょう。


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