Salesforce Digital Engagement活用戦略:オムニチャネルで実現する次世代カスタマーサービス

執筆者:Salesforce konsultant


背景と適用シナリオ

現代の顧客は、企業とのコミュニケーションにおいて、従来の電話やメールといったチャネルだけでなく、より迅速で利便性の高いデジタルチャネルを求めています。LINE、WhatsApp、Facebook Messenger、SMS、Webチャットなど、日常的に利用しているツールを通じて、いつでもどこでも気軽に問い合わせができる環境が当たり前になりつつあります。このような顧客期待の変化に対応できない企業は、顧客満足度の低下や機会損失といった課題に直面します。

ここで重要になるのが Salesforce Digital Engagement です。これは、様々なデジタルコミュニケーションチャネルを Salesforce Service Cloud 上に統合し、一貫性のある顧客体験を提供するソリューション群です。エージェント(顧客対応担当者)は、使い慣れた Service Console (サービスコンソール) の画面から、複数のチャネルからの問い合わせを横断的に、そして効率的に対応できるようになります。

適用シナリオ

Digital Engagement の活用範囲は業界を問いません。以下に代表的なシナリオを挙げます。

  • 小売・Eコマース: Webサイトを訪れた顧客に対し、AIを搭載した Einstein Bots (アインシュタインボット) がチャットで自動応対し、製品の推奨や在庫確認を行います。複雑な質問はシームレスに人間のエージェントに引き継がれ、購入までをサポートします。注文後の配送状況の問い合わせは、SMSやWhatsAppを通じて自動通知することも可能です。
  • 金融・保険: 口座開設の手続きに関する質問や、保険商品の簡易的な見積もりをWebチャットやメッセージングアプリで受け付けます。個人情報を含むやり取りはセキュアな環境で行われ、エージェントは顧客の契約情報を参照しながら、パーソナライズされたアドバイスを提供します。
  • 公共・ヘルスケア: 市民からの行政手続きに関する問い合わせや、患者からの予約変更の依頼などを、メッセージングチャネルで受け付けます。これにより、電話窓口の混雑を緩和し、24時間365日対応可能な窓口を設けることができます。

これらのシナリオに共通するのは、顧客が最も使いやすいチャネルで企業と繋がり、迅速かつ的確なサポートを受けられる「オムニチャネル体験」の提供です。Digital Engagement は、この体験を実現するための強力な基盤となります。


原理説明

Salesforce Digital Engagement がシームレスな顧客体験を実現する背景には、いくつかのコアコンポーネントが連携して動作しています。コンサルタントとして、これらの技術要素を理解し、顧客のビジネス要件にどうマッピングするかを考えることが重要です。

1. Omni-Channel (オムニチャネル)

Omni-Channel (オムニチャネル) は、Digital Engagement の心臓部とも言える機能です。電話、メール、チャット、メッセージ、ケースといった様々な「ワークアイテム(作業項目)」を、適切なスキルセットを持ち、対応可能な状態にあるエージェントに自動的にルーティングするエンジンです。

例えば、「製品Aに関するチャットでの問い合わせ」というワークアイテムが発生した場合、Omni-Channel は「製品Aの知識」と「チャット対応」のスキルを持つエージェントの中から、現在対応件数に余裕があるエージェントを自動的に探し出し、問い合わせを割り当てます。これにより、エージェントの負荷を平準化し、顧客の待ち時間を最小限に抑えることができます。

2. Messaging (メッセージング)

Messaging (メッセージング) は、SMS、WhatsApp、Facebook Messenger といった非同期型のコミュニケーションチャネルを Service Cloud に統合する機能です。非同期とは、顧客とエージェントがリアルタイムで同時にオンラインである必要がないコミュニケーション形態を指します。顧客はメッセージを送った後、他の作業をして返信を待つことができます。

この機能により、顧客は自分のペースで対話を進めることができ、エージェントは複数の顧客との対話を同時に管理しやすくなります。各チャネルは「Messaging Channel」として設定され、Omni-Channel を通じてエージェントにルーティングされます。

3. Chat (チャット)

Chat (チャット) は、企業のWebサイトやモバイルアプリにリアルタイムのチャット機能を組み込むための機能です。顧客はWebページ上のチャットウィンドウを通じて、エージェントと直接対話できます。こちらは同期型のコミュニケーションであり、迅速な問題解決が求められるシナリオに適しています。Embedded Service (組み込みサービス) を用いることで、わずかなコードをWebサイトに追加するだけで、簡単にチャットウィンドウを設置できます。

4. Einstein Bots (アインシュタインボット)

Einstein Bots (アインシュタインボット) は、AIを活用したチャットボットをノーコード/ローコードで構築できる機能です。定型的な質問への自動応答、顧客からの情報収集(氏名、問い合わせ内容など)、そして必要に応じたエージェントへのスムーズなエスカレーションを担います。ボットが一次対応を行うことで、エージェントはより複雑で付加価値の高い業務に集中できます。会話のフローは「Bot Builder」という直感的なインターフェースで設計できます。

サンプルコード

コンサルタントとして顧客に提案する際、Webサイトにチャット機能をいかに簡単に組み込めるかを示すことは非常に有効です。以下は、Salesforce の Embedded Service for Web (Web向け組み込みサービス) を使用して、Webページにチャットボタンを設置し、顧客がクリックした際に特定の情報(例:顧客番号)をチャットセッションに引き渡すための公式コードサンプルです。

このコードをWebページの `` タグの閉じタグ直前に配置することで、チャット機能が有効になります。

<!-- Salesforce のチャット設定で生成される基本スニペット -->
<script type='text/javascript' src='https://service.force.com/embeddedservice/5.0/esw.min.js'></script>
<script type='text/javascript'>
    var initESW = function(gslbBaseURL) {
        // esw.init メソッドを呼び出して組み込みサービスを初期化
        embedded_svc.init(
            'https://your_salesforce_instance.my.salesforce.com', // Salesforce 組織の URL
            'https://your_community_site_url.force.com', // サイトのエンドポイント URL
            gslbBaseURL,
            'ORGANIZATION_ID', // 組織 ID
            'EmbeddedServiceName', // 組み込みサービスの名前
            {
                baseLiveAgentContentURL: 'https://your_chat_content_url.salesforceliveagent.com/content',
                deploymentId: 'DEPLOYMENT_ID', // チャットリリース ID
                buttonId: 'BUTTON_ID', // チャットボタン ID
                baseLiveAgentURL: 'https://your_chat_server_url.salesforceliveagent.com/chat',
                eswLiveAgentDevName: 'EmbeddedServiceLiveAgent_Parent04XXXXXXXXXXXX', // チャットリリースの開発者名
                isOfflineSupportEnabled: false
            }
        );
    };

    if (!window.embedded_svc) {
        var s = document.createElement('script');
        s.setAttribute('src', 'https://your_salesforce_instance.my.salesforce.com/embeddedservice/5.0/esw.min.js');
        s.onload = function() {
            initESW(null);
        };
        document.body.appendChild(s);
    } else {
        initESW('https://service.force.com');
    }

    /**
     * @description チャットセッション開始時に追加情報を渡すための startChat API のカスタム実装例
     * @param {string} customerId - 事前情報として渡したい顧客ID
     */
    function launchChat(customerId) {
        // 事前チャットフォームの項目に値を設定
        // 最初のオブジェクトはレコード作成用 (例: Case, Contact)
        // 2番目のオブジェクトは事前チャットフォームの項目への値のマッピング用
        embedded_svc.startChat({
            prechatDetails: [
                {
                    "label": "ContactId",
                    "value": customerId, // ログイン情報などから取得した顧客の取引先責任者ID
                    "displayToAgent": true, // この情報をエージェントに表示する
                    "transcriptFields": ["ContactId__c"] // チャット記録に保存するカスタム項目
                },
                {
                    "label": "Subject",
                    "value": "Webサイトからの製品問い合わせ",
                    "displayToAgent": true
                }
            ],
            directToButtonRouting: function(prechatFormData) {
                // 事前チャット情報に基づいてルーティング先のボタンを動的に決定
                // 例えば、特定の製品に関する問い合わせは専門チームのボタンIDを返す
                if (prechatFormData[1].value.includes('製品A')) {
                    return 'BUTTON_ID_FOR_PRODUCT_A';
                }
                return 'DEFAULT_BUTTON_ID';
            }
        });
    }

    // 例えば、Webページ上のボタンがクリックされたときにこの関数を呼び出す
    // <button onclick="launchChat('003XXXXXXXXXXXXXX')">サポートとチャットする</button>
</script>

このコードは、顧客が既にWebサイトにログインしている場合に、その顧客IDをチャットセッションに自動的に引き継ぐ例です。これにより、エージェントはチャット開始と同時に顧客情報を把握でき、よりパーソナライズされたスムーズな対応が可能になります。


注意事項

Digital Engagement の導入を成功させるためには、技術的な設定だけでなく、運用面での注意点を十分に考慮する必要があります。

権限とライセンス (Permissions and Licenses)

エージェントが Digital Engagement の機能を利用するには、適切な権限セットライセンスと権限セットが必要です。「Service Cloud User」や「Chat User」、「Messaging User」といったライセンスをユーザーに割り当て、機能へのアクセス権を付与する必要があります。これらの設定が不十分な場合、エージェントは Omni-Channel にログインできなかったり、チャットやメッセージの受信ができなかったりします。

チャネル固有の制約 (Channel-specific Limitations)

特に WhatsApp や Facebook Messenger などのサードパーティ製チャネルを利用する場合、各プラットフォームの利用規約やポリシーを遵守する必要があります。例えば、WhatsApp には「24時間ルール」が存在し、顧客からの最後のメッセージ受信後24時間を経過すると、企業側から自由にメッセージを送信できなくなります。この制約を超えてメッセージを送信するには、事前に承認されたテンプレートメッセージを使用する必要があります。このようなチャネルごとの特性を理解せずに設計を行うと、意図したコミュニケーションが実現できない可能性があります。

データプライバシーとコンプライアンス (Data Privacy and Compliance)

チャットやメッセージングでは、顧客の個人情報や機密情報がやり取りされる可能性があります。GDPR(EU一般データ保護規則)や日本の個人情報保護法など、関連する法規制を遵守するための設計が不可欠です。例えば、クレジットカード番号などの機密情報が入力された際に自動的にマスキングする「データマスキング」機能の設定や、チャット記録の保存期間に関するポリシーの策定が重要です。

エラーハンドリングとエスカレーションパス (Error Handling and Escalation Paths)

特に Einstein Bots を導入する場合、ユーザーが予期しない入力を行った際や、ボットが解決できない問題に直面した際の振る舞いを定義しておくことが極めて重要です。「わかりません」と繰り返すだけのボットは、顧客体験を著しく損ないます。適切なタイミングで「エージェントにお繋ぎしますか?」と提案するなど、スムーズなエスカレーションパスを設計に組み込む必要があります。


まとめとベストプラクティス

Salesforce Digital Engagement は、単なるツール導入に留まらず、顧客との関係を再定義し、サービス部門を変革するポテンシャルを秘めています。その価値を最大限に引き出すためには、戦略的なアプローチが不可欠です。

  1. 明確な戦略から始める: なぜ Digital Engagement を導入するのか、その目的を明確にします。「呼量削減」「顧客満足度向上」「初回解決率の改善」など、具体的な KPI を設定し、導入効果を測定できる状態にします。
  2. 顧客視点のチャネル設計: 顧客がどのチャネルを好み、どのような状況で利用するかを分析し、チャネル戦略を策定します。全てのチャネルを一度に導入するのではなく、最も効果が見込めるチャネルからスモールスタートし、段階的に拡大していくアプローチが有効です。
  3. エージェントの体験を最適化する: 強力なツールも、使いこなせなければ意味がありません。エージェントが Service Console 上で必要な情報を瞬時に参照できるよう、コンソールのレイアウトを最適化し、十分なトレーニングを提供します。ナレッジベースの整備や、よく使う返信を登録できるクイックテキスト機能の活用も、エージェントの生産性向上に貢献します。
  4. 自動化と人の強みを組み合わせる: Einstein Bots を活用して、よくある質問への対応や情報収集を自動化し、エージェントを定型業務から解放します。そして、エージェントには共感力や高度な問題解決能力が求められる、より複雑な対応に集中してもらうことで、自動化と人的サポートの最適なバランスを実現します。
  5. 継続的な分析と改善: Salesforce のレポート・ダッシュボード機能を活用し、チャネルごとの対応件数、平均処理時間、顧客満足度スコアなどのデータを継続的に分析します。データに基づいたインサイトを元に、ボットの会話フローを改善したり、エージェントのトレーニング内容を見直したりするなど、PDCAサイクルを回し続けることが成功の鍵です。

Salesforce Digital Engagement は、テクノロジーを通じて企業と顧客の新しい関係を築くためのプラットフォームです。コンサルタントとして、これらのベストプラクティスを踏まえ、顧客企業のビジネス変革を支援することが我々の使命です。

コメント