Salesforce システム管理者として、私たちは日々、ビジネスの意思決定を支援するために、データを様々な角度から分析し、可視化するという重要な役割を担っています。営業チームは「成約した商談と失注した商談の活動履歴を比較したい」と考え、サービスチームは「特定の商品に関するケースと、それに関連する進行中の商談を一覧したい」と要望するかもしれません。これらの要求に共通するのは、複数の異なるデータセットを一つのビューで比較・分析したいというニーズです。これを実現する強力なツールが Joined Reports (結合レポート) です。
本記事では、Salesforce システム管理者の視点から、Joined Reports の基本原理から具体的な作成手順、そして運用上の注意点やベストプラクティスまでを包括的に解説します。このガイドを通じて、データ分析の幅を広げ、ビジネス部門からの複雑な要求にも自信を持って応えられるようになりましょう。
背景と応用シナリオ
通常の Salesforce レポートは、単一の Report Type (レポートタイプ) に基づいて作成されます。例えば、「商談」レポートタイプでは商談レコードのみ、「ケース」レポートタイプではケースレコードのみを分析します。しかし、実際のビジネスシナリオでは、複数のデータソースを横断的に見たい場面が頻繁に発生します。
Joined Reports は、このような課題を解決するために設計された機能です。最大5つの異なるレポートタイプを一つのレポート画面に「結合」し、並べて表示することができます。これにより、これまで別々のレポートで確認し、手動で突き合わせるしかなかった情報を、一目で比較・分析することが可能になります。
具体的な応用シナリオ:
- 営業活動の分析: 「進行中の商談」「成立した商談」「失注した商談」をそれぞれ別のブロックで表示し、フェーズごとのレコード数や合計金額を比較する。
- アカウントの全体像把握: ある取引先に関連する「進行中の商談」「クローズしたケース」「最近の活動」を並べて表示し、アカウントの健全性を多角的に評価する。
- リードと商談の関連分析: 特定のキャンペーンから創出された「リード」と、そのリードが転換して生まれた「商談」のパフォーマンスを並べて分析する。
- クロスセル・アップセルの機会発見: 特定の商品を購入した顧客(商談)リストと、その顧客から上がっている未解決のケース(ケース)を比較し、サポート状況を確認しながら次のアプローチを計画する。
このように、Joined Reports は異なるオブジェクトや異なる条件のデータを並列で見ることで、新たなインサイトを発見するための強力な武器となります。
原理の説明
Joined Reports の魔法を理解する鍵は、「Block (ブロック)」と「共通項目によるグルーピング」という2つの概念にあります。
Block (ブロック)
Joined Reports は、複数のレポート「ブロック」で構成されます。各ブロックは、それ自体が独立したミニレポートのように機能します。具体的には、各ブロックは以下の要素を持ちます。
- 独自の Report Type (レポートタイプ): ブロック1は「商談」レポートタイプ、ブロック2は「ケース」レポートタイプ、といったように異なるレポートタイプを指定できます。
- 独自の列 (Columns): 各ブロックで表示したい項目(フィールド)を自由に選択できます。
- 独自のフィルタ (Filters): 各ブロックで抽出したいデータの条件を個別に設定できます。例えば、ブロック1では「進行中の商談」のみ、ブロック2では「クローズした商談」のみをフィルタリングできます。
最大で5つまでブロックを追加することができ、これにより最大5つの異なるデータセットを一つのレポートにまとめることが可能です。
共通項目によるグルーピング
ただデータを並べるだけでは、単に複数のレポートを1画面に表示しているに過ぎません。Joined Reports の真価は、これらのブロックを共通の項目でグルーピング(グループ化)することにあります。例えば、「取引先名」や「所有者名」、「作成日」といった、各ブロックのレポートタイプに共通して存在する項目をグルーピングの軸として設定します。
これにより、レポートはグルーピング項目ごとに行が整理されます。例えば、「取引先名」でグルーピングした場合、「株式会社A」という行には、ブロック1(商談)のデータ、ブロック2(ケース)のデータがまとめて表示されます。これにより、「株式会社Aには、現在進行中の商談が2件あり、クローズしたケースが5件ある」といった横断的な分析が初めて可能になるのです。
重要: Joined Reports を効果的に活用するためには、各ブロックのレポートタイプに共通して存在する項目(標準項目またはカスタム項目)をグルーピングのキーとして利用できることが前提となります。
結合レポートの作成手順
ここでは、具体的な例として「取引先ごとの進行中商談とクローズしたケースを並べて表示する」Joined Report を作成する手順をステップバイステップで見ていきましょう。
ステップ1:レポートの作成開始
まず、通常のレポート作成と同様に、[レポート] タブから [新規レポート] をクリックします。最初のブロックのベースとなるレポートタイプを選択します。ここでは「商談」を選択し、[作成を開始] をクリックします。
ステップ2:レポート形式の変更
レポートビルダーが開いたら、左上の [レポート] ドロップダウンメニュー(またはアウトラインペインの上部)で、現在のレポート形式が「表形式」になっていることを確認します。これをクリックし、ドロップダウンから「結合」を選択します。確認のプロンプトが表示されたら、[適用] をクリックします。これで、レポートが Joined Reports 形式に切り替わります。
ステップ3:ブロックの追加
画面に「ブロック1」が表示されているはずです。次に、ケースの情報を表示するための新しいブロックを追加します。[ブロックを追加] ボタンをクリックし、表示されるポップアップでレポートタイプ「ケース」を選択して [ブロックを追加] をクリックします。これで、画面上に「商談」ブロックと「ケース」ブロックの2つが表示されます。
ステップ4:共通項目でのグルーピング
レポートを意味のあるものにするため、「取引先名」でグルーピングします。左側の [アウトライン] ペインから「取引先名」項目を見つけ、[行をグループ化] の領域にドラッグアンドドロップします。これにより、両方のブロックのデータが取引先名で整理されます。
ステップ5:各ブロックの列とフィルタを設定
次に、各ブロックの内容を調整します。
- 商談ブロック:
- 商談ブロックが選択されていることを確認します。
- [アウトライン] ペインで、表示したい列(例:「商談名」「フェーズ」「金額」)を追加または削除します。
- [検索条件] ペインで、フィルタを追加します。「フェーズ」項目で、「次の文字列と一致しない」「Closed Won, Closed Lost」といった条件を設定し、進行中の商談のみを表示するようにします。
- ケースブロック:
- ケースブロックをクリックして選択します。
- 同様に、表示したい列(例:「ケース番号」「状況」「件名」)を調整します。
- [検索条件] ペインで、「状況」が「Closed」であるケースのみを表示するようにフィルタを設定します。
各ブロックのタイトルをクリックして、わかりやすい名前(例:「進行中の商談」「クローズしたケース」)に変更することも忘れないようにしましょう。
ステップ6:レポートの実行と保存
設定が完了したら、[実行] をクリックして結果を確認します。データが意図通りに表示されていれば、[保存] をクリックし、レポート名と説明を入力して適切なフォルダに保存します。
これで、取引先ごとに進行中の商談とクローズしたケースが一目でわかる、価値の高いレポートが完成しました。
注意事項
Joined Reports は非常に便利ですが、システム管理者として知っておくべきいくつかの制限事項や注意点があります。
権限 (Permissions)
Joined Reports を作成・編集するには、ユーザプロファイルまたは権限セットで「レポートの作成とカスタマイズ (Create and Customize Reports)」権限と「レポートビルダ (Report Builder)」権限が必要です。ユーザから「結合レポートが作れない」という問い合わせがあった場合は、まずこれらの権限を確認してください。
機能制限 (Functional Limitations)
- ブロックの数: 1つの Joined Report に追加できるブロックは最大5つまでです。
- エクスポート形式: Joined Reports は「フォーマット済みレポート (Formatted Report)」形式でのみエクスポート可能です。「詳細のみ (Details Only)」での CSV エクスポートはサポートされていません。大量の生データを抽出したい場合には不向きです。
- レポートの登録 (Subscription): Joined Reports は、スケジュールしてメールで受信する「登録」機能に対応していません。定期的な確認が必要な場合は、ダッシュボードに配置するなどの代替策を検討する必要があります。
- ダッシュボードでの利用: Joined Reports をダッシュボードコンポーネントのソースとして使用することは可能ですが、グラフに表示できるデータは最初のブロックのデータのみです。複数のブロックのデータを統合したグラフを作成することはできません。
- クロスブロック数式: Lightning レポートビルダーではクロスブロックのカスタム集計項目が作成可能になりましたが、依然として複雑な計算には制限があります。ブロック間の値を直接参照するような複雑な行レベルの数式は作成できません。
- バケット項目 (Bucket Fields): バケット項目は非常に便利な機能ですが、Joined Reports では作成したブロック内でのみ有効であり、他のブロックをまたいで使用することはできません。
パフォーマンス (Performance)
多くのブロックを追加したり、各ブロックで大量のデータを処理したり、複雑なフィルタを適用したりすると、レポートの実行時間が長くなる可能性があります。パフォーマンスが懸念される場合は、フィルタをより厳密に設定して対象レコード数を絞る、不要なブロックや列を削除するなどの最適化を検討してください。
まとめとベストプラクティス
Joined Reports は、Salesforce システム管理者がビジネスの要求に応えるための強力な分析ツールです。異なるデータセットを単一のビューに統合することで、これまで見えなかった相関関係やインサイトを提供できます。
最後に、Joined Reports を効果的に活用するためのベストプラクティスをまとめます。
- 明確な目的を持つ: 「どのデータを、なぜ比較したいのか?」というビジネス上の問いから始めましょう。目的が明確であれば、必要なブロックやグルーピング項目を効率的に選択できます。
- グルーピングを意識する: レポートを作成する前に、各ブロックで共通して使用できるグルーピング項目(取引先名、所有者、日付項目など)は何かを考えておくことが重要です。
- ブロックに名前を付ける: 各ブロックには、そのブロックが何を示しているのかが明確にわかる名前を付けましょう(例:「今期の新規商談」「先月のクローズケース」)。これにより、レポートの可読性が大幅に向上します。
- フィルタを賢く使う: 各ブロックで適切なフィルタを設定し、ノイズとなる不要なデータを除外しましょう。これにより、レポートのパフォーマンスが向上し、分析が容易になります。
- シンプルさを保つ: 最大5つのブロックが可能ですが、必ずしもすべてを使う必要はありません。ビジネス要件を満たす最小限のブロック数で構成することで、レポートはより理解しやすくなります。
- 定期的な見直し: 作成したレポートが現在も利用されているか、ビジネス要件に合致しているかを定期的に確認し、不要になったレポートは整理・削除することを推奨します。
このガイドを参考に、ぜひ Joined Reports をマスターし、データドリブンな組織文化の推進に貢献してください。
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