背景と応用シーン
Salesforceアプリケーションを開発する上で、複数のユーザーや自動化されたプロセスが同時に同じレコードを操作しようとする状況は避けられません。このような同時実行性 (concurrency) の高い環境において、データの整合性 (data integrity) を維持することは、アプリケーションの信頼性を確保するために不可欠です。もし複数のトランザクション (transaction) が同時に同じレコードを更新しようとした場合、いわゆる「失われた更新 (lost update)」が発生したり、データの不整合 (data inconsistency) が生じたりするリスクがあります。
ここで登場するのがレコードロック (Record Locking)というメカニズムです。レコードロックは、特定のレコードに対する排他アクセス (exclusive access) を一時的に確保することで、これらの問題を防止します。開発者として、このレコードロックの概念と効果的な利用方法を理解することは、堅牢で信頼性の高いSalesforceソリューションを構築するために極めて重要です。
レコードロックが特に役立つ応用シーンは以下の通りです。
- 財務計算と在庫管理: 例えば、
Opportunity
(商談)レコードで複雑な収益計算を行う際や、Product
(商品)レコードの在庫数を更新する際に、複数のトランザクションが同時に数値を変更すると、誤った合計値や在庫不足につながる可能性があります。排他的ロックにより、計算や更新が完了するまでデータが保護されます。 - 高ボリュームのトランザクション処理: 注文処理システムなど、短時間に大量の更新が発生する環境では、特定のコアレコード(例:
Order
、Invoice
)に対するロックがデータの正確性を保証します。 - 重複データの防止: 複数のサービスエージェントが同時に同じ顧客からの問い合わせに基づいて
Case
(ケース)レコードを作成しようとする場合、レコードロックを使用して、新規レコードの作成または既存レコードの更新を調整し、重複作成を防ぐことができます。 - 連携処理: 外部システムとの連携において、特定のレコードがSalesforce内で更新中である間に外部からも更新が試みられるような競合状態を防ぐためにロックが利用されます。
これらのシナリオでは、Salesforceのトランザクション管理機能と、SOQLクエリ (SOQL query) の`FOR UPDATE`句 (clause) を活用することで、レコードに対する排他的なアクセスを明示的に取得し、データの整合性を維持することができます。
原理説明
Salesforceにおけるレコードロックの核心は、トランザクションのACID特性(Atomicity, Consistency, Isolation, Durability)をサポートし、特にIsolation(分離性)を確保することにあります。これにより、複数のトランザクションが同時に実行されても、それぞれが独立して実行されているかのように見え、データの不整合を防ぎます。
明示的なロック (`FOR UPDATE`句)
Salesforce Apexでは、SOQLクエリに`FOR UPDATE`句を追加することで、データベースレベルで対象レコードへの明示的な排他ロックを取得できます。このロックは、SOQLクエリが実行された直後に取得され、現在のApexトランザクションがコミット (commit) されるか、ロールバック (rollback) されるまで保持されます。
- ロックの仕組み: `SELECT ... FOR UPDATE`が実行されると、選択されたSObjectレコードはロックされます。他のトランザクションが同じレコードを`FOR UPDATE`でロックしようとすると、最初のトランザクションがロックを解放するまで待機します。ただし、待機時間には上限があり、通常はデフォルトで10秒程度です。この時間を超えてもロックが解放されない場合、または他のDML操作がロックされたレコードを更新しようとすると、`UNABLE_TO_LOCK_ROW`というDmlException (DML例外) が発生します。
- ロックのスコープ: ロックはレコード単位 (record-level) で取得されます。つまり、特定のレコードのみがロックされ、オブジェクト全体がロックされるわけではありません。これにより、他のレコードへのアクセスは引き続き可能です。
- ロックの持続時間: ロックは現在のApexトランザクションの期間中にのみ有効です。トランザクションが終了すると(成功してコミットされるか、エラーでロールバックされるかに関わらず)、自動的にロックは解放されます。
暗黙的なロック (Implicit Locking)
`FOR UPDATE`句を使用しない場合でも、DML操作(insert
, update
, delete
, undelete
)自体が、操作対象のレコードに対して暗黙的にロックを取得します。これは、DML操作がデータの整合性を保つために不可欠な挙動です。しかし、`FOR UPDATE`を使用しない場合、ロックの取得はDML操作の直前になるため、SOQLでレコードを選択してからDML操作を行うまでの間に、別のトランザクションが同じレコードを変更する可能性が生じます。`FOR UPDATE`は、この期間中の競合を防ぐために、DML操作よりも早期にロックを確保する手段となります。
親子レコードロック (Parent-Child Record Locking)
Salesforceにおける重要な考慮事項の一つが、親子レコードロックの振る舞いです。子レコードが更新される際、特にマスター詳細関係 (master-detail relationship) にある場合や、親レコードに積み上げ集計項目 (roll-up summary field) が定義されている場合、Salesforceは自動的に親レコードもロックすることがあります。これは、積み上げ集計項目を再計算したり、参照整合性 (referential integrity) を維持したりするために必要です。この挙動は、意図しないデッドロック (deadlock) や競合の原因となる可能性があるため、開発者は常にこの点を考慮に入れる必要があります。
示例コード
ここでは、`FOR UPDATE`句を使用してレコードをロックするApexコードの例を挙げます。この例では、特定のアカウントレコードを取得し、その従業員数を更新するシナリオを想定しています。`FOR UPDATE`を使用することで、このアカウントレコードはトランザクションの期間中ロックされ、他のトランザクションからの同時更新を防ぎます。
// Salesforce開発者ドキュメントより引用、改変: // https://developer.salesforce.com/docs/atlas.en-us.apexcode.meta/apexcode/apex_SOQL_for_update.htm public class RecordLockingExample { public static void updateAccountNumberOfEmployees(String accountName, Integer newNumberOfEmployees) { // トランザクションの開始 Savepoint sp = Database.setSavepoint(); // エラー発生時のロールバックポイントを設定 try { // 指定されたアカウントレコードをFOR UPDATE句で選択し、データベースレベルでロックします。 // これにより、このトランザクションが終了するまで、他のトランザクションはこのレコードを更新できません。 // また、親レコードに積み上げ集計項目がある場合、親レコードもロックされる可能性があります。 List<Account> accountsToUpdate = [ SELECT Id, Name, NumberOfEmployees FROM Account WHERE Name = :accountName FOR UPDATE ]; // レコードが見つからなかった場合 if (accountsToUpdate.isEmpty()) { System.debug('Account with name ' + accountName + ' not found.'); // 処理を中断するか、適切なエラーハンドリングを行います。 return; } // 取得したアカウントレコードの従業員数を更新します。 Account acct = accountsToUpdate[0]; acct.NumberOfEmployees = newNumberOfEmployees; // 更新されたレコードをデータベースに保存します。 // DML操作は暗黙的にロックを再確認または維持しますが、 // FOR UPDATEによって既に排他ロックが確立されています。 update acct; System.debug('Account ' + acct.Name + ' (ID: ' + acct.Id + ') NumberOfEmployees updated to ' + acct.NumberOfEmployees + '.'); } catch (DmlException e) { // DmlExceptionを捕捉し、特にUNABLE_TO_LOCK_ROWエラーを処理します。 if (e.getMessage().contains('UNABLE_TO_LOCK_ROW')) { System.debug('ERROR: レコードが別のトランザクションによってロックされています。' + e.getMessage()); // ここで再試行ロジックを実装することも可能ですが、無限ループにならないよう注意が必要です。 // 例: 指数バックオフを使用した再試行、またはユーザーへの通知。 } else { System.debug('ERROR: DML操作中に予期せぬエラーが発生しました。' + e.getMessage()); } // エラーが発生した場合は、トランザクションをロールバックしてデータベースの状態を元に戻します。 Database.rollback(sp); } catch (Exception e) { System.debug('ERROR: 予期せぬ例外が発生しました。' + e.getMessage()); Database.rollback(sp); } } }
このコードでは、`FOR UPDATE`句を使用することで、`Account`レコードの取得と更新の間で他のトランザクションによる競合を防いでいます。また、`try-catch`ブロックで`DmlException`を捕捉し、`UNABLE_TO_LOCK_ROW`エラーが発生した場合の処理も示しています。
注意事項
レコードロックは強力なツールですが、不適切に使用するとパフォーマンスの問題やデッドロックを引き起こす可能性があります。開発者として、以下の点に特に注意を払う必要があります。
デッドロック (Deadlocks)
デッドロックは、2つ以上のトランザクションが互いに相手がロックしているリソースの解放を待ち、永久に処理が進まなくなる状態です。Salesforce環境でも発生する可能性があり、特に親子レコードロックの挙動と組み合わさると複雑になります。
- 原因: 最も一般的な原因は、異なるトランザクションが異なる順序で同じリソース(レコード)をロックしようとすることです。例えば、トランザクションAがレコードXをロックし、次にレコードYをロックしようとし、その間にトランザクションBがレコードYをロックし、次にレコードXをロックしようとする場合、デッドロックが発生します。
- 対策:
- 一貫したロック順序の確立: アプリケーション全体で、レコードをロックする順序を一貫させるように設計します(例: 常に親レコードから子レコードへ、またはレコードIDの昇順でロックする)。
- ロック時間の最小化: トランザクションの長さを最小限に抑え、ロックを保持する時間を短くすることで、デッドロックの発生確率を減らします。
パフォーマンスへの影響 (Performance Impact)
レコードロックは、本質的に同時実行性 (concurrency) を制限します。不必要なロックや長時間のロックは、他のユーザーやプロセスが対象レコードにアクセスするのを妨げ、アプリケーション全体のパフォーマンスに悪影響を与える可能性があります。
- 必要な時のみ使用: `FOR UPDATE`は、データの整合性が絶対に保証されなければならない、クリティカルな操作にのみ使用するべきです。
- ロック範囲の最小化: 必要な最小限のレコードのみをロックし、可能な限りトランザクションを短く設計します。
API制限 (API Limits) とガバナ制限 (Governor Limits)
Salesforceは、マルチテナント環境の安定性を保つために、トランザクションごとに厳格なガバナ制限 (Governor Limits) を設けています。レコードロック自体が直接的なガバナ制限の対象となることは少ないですが、関連する制約があります。
- `UNABLE_TO_LOCK_ROW`エラー: ロックの競合によりこのエラーが発生すると、トランザクションは失敗します。このエラーは、ガバナ制限とは異なりますが、システム全体のパフォーマンスと可用性 (availability) に影響を与えます。
- CPU時間制限: ロックの待機時間もCPU時間としてカウントされる可能性があるため、長時間のロック待機はCPU時間制限に抵触するリスクを高めます。
エラー処理 (Error Handling)
`UNABLE_TO_LOCK_ROW`は一般的なシナリオであり、適切に処理する必要があります。
- DmlExceptionの捕捉: `try-catch`ブロックを使用して`DmlException`を捕捉し、特にメッセージに`UNABLE_TO_LOCK_ROW`が含まれているかどうかを確認します。
- 再試行ロジック (Retry Logic): 短時間のロック競合の場合、指数バックオフ (exponential backoff) などを用いた再試行ロジックを実装することが有効です。ただし、無計画な再試行はかえってシステムに負荷をかけるため、試行回数や待機時間の制限を設けるなど、慎重な設計が求められます。
UIでの挙動
ユーザーがSalesforceの標準UIからレコードを編集している間に、Apexトランザクションが同じレコードをロックしようとすると、ユーザーインターフェース (UI) 上で「このレコードは現在別のユーザーによって保存されています」といったメッセージが表示されることがあります。これは、レコードロックがUI操作にも影響を与えることを示しています。
まとめとベストプラクティス
Salesforce開発者として、レコードロックはデータの整合性を確保し、同時実行性の問題を管理するための不可欠なツールです。しかし、その強力さゆえに、誤った使用はパフォーマンスのボトルネックやデッドロックを引き起こす可能性があります。以下に、レコードロックに関するベストプラクティスをまとめます。
1. 必要な時のみ`FOR UPDATE`を使用する
データの整合性が絶対に保証されなければならないクリティカルなビジネスロジック (business logic) にのみ、`FOR UPDATE`句を使用してください。不必要なロックはシステム全体の同時実行性を低下させます。
2. トランザクションを短く保つ
レコードロックを保持する時間を最小限に抑えるために、トランザクションの範囲をできるだけ小さく設計します。ロック内で実行されるApexコードは、可能な限り効率的であるべきです。重い処理やコールアウト (callout) はロックの外で実行することを検討してください。
3. ロックするレコードの数を最小限にする
`FOR UPDATE`句で選択するレコードの数を、実際に更新する必要があるものに限定します。広範囲なSOQLクエリで多数のレコードをロックすると、競合の可能性が高まります。
4. 一貫したロック順序を採用する
デッドロックを回避するために、レコードをロックする順序を一貫させます。例えば、常に特定のオブジェクトの親から子へ、またはレコードIDの昇順でロックするようにルールを設けます。これは、特に複数の関連オブジェクトを操作するトランザクションで重要です。
5. 堅牢なエラーハンドリングを実装する
`UNABLE_TO_LOCK_ROW`エラーに対する適切なエラーハンドリングを必ず実装します。再試行ロジックを検討する場合でも、無限ループや過度なシステム負荷を避けるために、最大試行回数、待機時間の増分、および適切なロギング (logging) を組み込みます。ユーザーへのフィードバックも重要です。
6. 親子レコードロックの挙動を理解する
マスター詳細関係や積み上げ集計項目が存在する場合、子レコードの更新が親レコードのロックを引き起こす可能性があることを常に認識してください。これはデッドロックの予期せぬ原因となることがあります。
7. パフォーマンスを監視し、テストする
本番環境でのロック競合の発生状況を監視し、必要に応じてコードを最適化します。また、可能な限り、ロック競合のシナリオをシミュレートするテスト(開発サンドボックスで複数のプロセスを実行するなど)を実施し、実装したエラーハンドリングとリカバリ (recovery) メカニズムが正しく機能することを確認します。
これらのプラクティスに従うことで、Salesforce開発者はレコードロックを効果的に活用し、データの整合性を保ちながら、高パフォーマンスで信頼性の高いアプリケーションを提供することができます。
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