Salesforce Journey Builder完全攻略:コンサルタントが解説する顧客エンゲージメントの極意

背景と応用シナリオ

Salesforce コンサルタントの立場でこの記事を執筆します。今日のデジタル中心の市場において、企業が顧客との関係を築き、維持するためには、パーソナライズされた一貫性のあるコミュニケーションが不可欠です。Salesforce Marketing Cloud Engagement の中核をなす機能である Journey Builder (ジャーニービルダー) は、まさにこの課題を解決するための強力なツールです。

Journey Builder は、単なる一括メール配信ツールではありません。顧客一人ひとりの行動や属性に基づいて、Eメール、SMS、プッシュ通知、広告などの複数のチャネルを横断した、自動化された1対1のコミュニケーションシナリオ(「ジャーニー」)を設計・実行するためのプラットフォームです。コンサルタントとして、私は多くの企業が Journey Builder を活用して、顧客ライフサイクルのあらゆる段階でエンゲージメントを深め、ビジネス成果を向上させるのを支援してきました。

具体的な応用シナリオは多岐にわたります。

1. 新規顧客向けウェルカムジャーニー

Sales Cloud で商談が成立した、あるいはECサイトで初回購入が完了した顧客を起点とします。Journey Builder は、この新しい顧客を自動的にジャーニーに投入し、最初の数週間にわたってウェルカムメール、製品の活用方法に関するヒント、フォローアップのSMSなどを段階的に送信します。これにより、顧客のオンボーディングをスムーズにし、早期の離反を防ぎます。

2. かご落ちリターゲティングジャーニー

eコマースサイトで商品をカートに入れたまま購入を完了しなかった顧客を特定し、ジャーニーを開始します。数時間後に「お忘れ物はありませんか?」というリマインドメールを送信し、それでも購入に至らない場合は、翌日に割引クーポン付きのメールを送るなど、段階的なアプローチで顧客を呼び戻し、コンバージョン率を向上させます。

3. Service Cloud と連携したアフターサービスジャーニー

Service Cloud で顧客からの問い合わせケースがクローズされたことをトリガーに、ジャーニーを開始します。数日後に満足度調査のアンケートを依頼するメールを送信し、その回答内容に応じて次のアクションを分岐させます。例えば、高評価の顧客にはレビュー投稿を依頼し、低評価の顧客にはサポート部門のマネージャーからフォローアップの連絡を入れるといった、きめ細やかな対応を実現します。

4. ロイヤルティプログラム育成ジャーニー

顧客の購入履歴やエンゲージメントスコアに基づき、ロイヤルカスタマーを特定します。彼ら専用のジャーニーを作成し、限定セールへの招待、新製品の先行案内、特典ポイントの通知などを通じて、優良顧客との長期的な関係を強化します。

これらのシナリオに共通するのは、単一のチャネルや一回のやり取りで完結するのではなく、顧客の状況や行動に応じて、最適なタイミングで最適なメッセージを届けるという思想です。コンサルタントの視点からは、Journey Builder の真価は、これらのジャーニーを Sales Cloud や Service Cloud、Commerce Cloud といった他の Salesforce 製品とシームレスに連携させ、顧客データを一元的に活用することで最大限に発揮されると考えています。


原理説明

Journey Builder の仕組みを理解するには、その主要な構成要素を把握することが重要です。コンサルタントとしてソリューションを設計する際には、これらの要素をいかにビジネス要件に適合させるかが鍵となります。

1. Entry Source (エントリソース)

これは、顧客(コンタクト)がジャーニーを開始するきっかけを定義するものです。どのような条件を満たした顧客をジャーニーの対象とするかを決定します。主なエントリソースには以下のようなものがあります。

  • Data Extension (データエクステンション): Marketing Cloud 内のテーブルのようなものです。特定の条件でセグメント化された顧客リストをスケジュールに基づいて一括でジャーニーに投入します。例えば、「過去30日以内に購入した全顧客」を毎日ジャーニーに投入する場合などに使用します。
  • API Event (APIイベント): 外部システム(例: 自社の基幹システムやモバイルアプリ)からのAPIコールをトリガーとして、リアルタイムに顧客をジャーニーに投入します。例えば、ユーザーがアプリで特定の操作を行った瞬間にジャーニーを開始する場合に最適です。
  • Salesforce Data: Sales Cloud や Service Cloud のオブジェクト(リード、取引先責任者、ケースなど)のレコードが作成または更新されたことをトリガーにします。前述のウェルカムジャーニーやアフターサービスジャーニーの実現に不可欠な連携機能です。
  • CloudPages: Marketing Cloud で作成したランディングページへのフォーム送信をトリガーにします。

2. Activities (アクティビティ)

ジャーニーの経路(パス)上に配置される個々のアクションです。これらを組み合わせることで、複雑なコミュニケーションシナリオを構築します。

  • Messages (メッセージ): Email の送信、SMS の送信、Push 通知の配信など、顧客への直接的なコンタクトを行うアクティビティです。
  • Flow Control (フロー制御):
    • Wait (待機): 特定の期間(例: 3日間)や特定の日時まで、顧客のジャーニーを一時停止させます。
    • Decision Split (決定分岐): 顧客の属性データ(例: 居住地が東京か、会員ランクがゴールドか)に基づいて、その後のパスを分岐させます。
    • Engagement Split (エンゲージメント分岐): 直前に送信したメールを顧客が開封したか、クリックしたかに基づいてパスを分岐させます。顧客の反応に応じたシナリオを実現する上で非常に重要です。
  • Customer Updates (顧客データの更新): Sales/Service Cloud のレコードを更新するアクティビティです。例えば、ジャーニーの途中で特定のメールをクリックした顧客のリードオブジェクトに「Hot」というフラグを立てたり、営業担当者向けのToDoを作成したりできます。これにより、マーケティング活動と営業・サービス活動をシームレスに連携させることが可能になります。

3. Goal (ゴール)

ジャーニーの最終的な目的を定義します。例えば、「商品の購入」や「イベントへの申し込み」などがゴールとなり得ます。顧客がジャーニーの途中でこのゴールを達成した場合、残りのステップをスキップしてジャーニーから離脱させることができます。これにより、ゴール達成済みの顧客に不要なメッセージを送り続けることを防ぎ、ジャーニー全体のパフォーマンス(ゴール達成率)を正確に測定することが可能になります。

これらの要素を支えるデータ基盤として Contact Builder (コンタクトビルダー) が存在します。ここでは、Marketing Cloud、Sales Cloud、Service Cloud など、様々なソースからの顧客データを統合し、コンタクト(顧客)の360度ビューを構築します。Journey Builder は、この Contact Builder のデータモデルを参照して、分岐条件の判定やメッセージのパーソナライズを行います。優れたジャーニーを設計するためには、その前提としてクリーンで統合されたデータモデルが不可欠です。


示例コード

Journey Builder は主にGUIベースのツールですが、外部システムとの連携においては API の知識が重要になります。特に、リアルタイムで顧客をジャーニーに投入する「API Event」エントリソースは、多くのプロジェクトで活用される強力な機能です。

ここでは、Salesforce の公式ドキュメントに基づき、外部のECサイトでユーザーが商品をカートに追加した際に、そのユーザーを「かご落ちリターゲティングジャーニー」に投入するための REST API リクエストのサンプルを示します。

この API をコールする前に、Journey Builder で API Event をエントリソースとして設定し、Event Definition Key (イベント定義キー) を取得しておく必要があります。

POST /interaction/v1/events

{
    "ContactKey": "user_email@example.com",
    "EventDefinitionKey": "APIEvent-XXXXXXXX-XXXX-XXXX-XXXX-XXXXXXXXXXXX",
    "Data": {
        "EmailAddress": "user_email@example.com",
        "FirstName": "Taro",
        "LastName": "Yamada",
        "CartItemName": "高性能ワイヤレスイヤホン",
        "CartItemPrice": "15000",
        "CartItemImageURL": "https://example.com/images/earphone.jpg",
        "CartURL": "https://example.com/cart/XXXXXXXX"
    }
}

コードの注釈

  • ContactKey: Marketing Cloud が各コンタクトを一意に識別するためのキーです。通常は、顧客のメールアドレスや、Sales Cloud の Contact/Lead ID など、システム全体でユニークな値を使用することがベストプラクティスです。これがコンタクトを特定する上で最も重要なフィールドとなります。
  • EventDefinitionKey: Journey Builder で API Event を作成した際に自動的に生成される一意のキーです。どのジャーニーにコンタクトを投入するかをこのキーで指定します。
  • Data: ジャーニー内で使用するデータを格納するJSONオブジェクトです。このデータは、ジャーニー内の Data Extension (データエクステンション) に保存され、メールのパーソナライズや分岐条件に使用されます。
    • EmailAddress: メール送信先のアドレスとして使用します。
    • FirstName, LastName: 「山田 太郎様」のように、メールの文面をパーソナライズするために使用します。
    • CartItemName, CartItemPrice, CartItemImageURL: かご落ちリマインドメールの中で、「お客様がカートに入れた『高性能ワイヤレスイヤホン』 (15,000円) の購入手続きが完了していません」といった具体的な情報を表示するために使用します。これにより、メールのクリック率やコンバージョン率が大幅に向上します。
    • CartURL: メール内の「カートに戻る」ボタンのリンク先として使用し、顧客がスムーズに購入手続きを再開できるようにします。

コンサルタントとして、私はこの Data オブジェクトの設計を非常に重視します。どのようなデータを渡せば、ジャーニー内で最も効果的なパーソナライズが実現できるかをビジネス要件と照らし合わせながら定義することが、プロジェクトの成功に直結します。


注意事項

Journey Builder は非常に強力なツールですが、その効果を最大限に引き出し、リスクを回避するためには、いくつかの重要な点に注意する必要があります。

1. データガバナンスと同意管理

顧客にコミュニケーションを送る際は、必ず事前の同意(オプトイン)を得ている必要があります。特に、GDPRやCCPAなどの個人情報保護法規制を遵守することが不可欠です。Marketing Cloud の購読者ステータスや同意管理オブジェクトと連携し、配信停止を希望した顧客にはメッセージが送られないようにジャーニーを設計する必要があります。コンサルタントとして、プロジェクトの初期段階で必ずこの点を確認します。

2. API 制限とスロットリング

前述の API Event を使用する場合、Salesforce Marketing Cloud には秒間あたりのリクエスト数に制限があります。大規模なキャンペーンやトラフィックが集中する時間帯には、この制限を超えてしまう可能性があります。APIコールが失敗した場合のリトライ処理や、負荷を分散させるためのキューイングの仕組みを連携元のシステムに実装するよう、アーキテクチャ設計の段階で助言することが重要です。

3. 再エントリ設定の適切な選択

ジャーニーのエントリソース設定には、「再エントリ」に関するオプションがあります。

  • No re-entry (再エントリなし): 一度ジャーニーに入ったコンタクトは、二度とこのジャーニーに入ることはできません。ウェルカムジャーニーなど、顧客一人につき一度きりの体験に適しています。
  • Re-entry anytime (いつでも再エントリ可): コンタクトはいつでもこのジャーニーに再投入される可能性があります。かご落ちジャーニーのように、同じ行動を繰り返す可能性があるシナリオに適しています。
  • Re-entry only after exiting (離脱後にのみ再エントリ可): コンタクトが一度ジャーニーを完了(またはゴール達成で離脱)した場合にのみ、再エントリが許可されます。同じコンタクトがジャーニー内に複数存在することを防ぎたい場合に利用します。

この設定を誤ると、顧客に同じメッセージを何度も送ってしまったり、本来対象とすべき顧客をジャーニーから除外してしまったりする可能性があるため、ビジネスシナリオに応じて慎重に選択する必要があります。

4. 徹底したテスト

ジャーニーは一度有効化(Activate)すると、そのロジックを簡単には変更できません。有効化する前には、必ずテスト用のデータエクステンションとテスト用のコンタクトを使用して、すべての分岐や待機時間が意図通りに機能するかを徹底的にテストしてください。特に、Salesforce データ連携や Customer Update アクティビティが含まれる場合は、Salesforce の Sandbox 環境と連携させて、データ更新が正しく行われるかを確認することが不可欠です。

5. 権限管理

Journey Builder の作成、編集、有効化、停止などの操作には、Marketing Cloud 内で適切な権限が必要です。誤操作を防ぐためにも、ユーザーの役割に応じて最小限の権限を付与する「最小権限の原則」を適用することが推奨されます。


まとめとベストプラクティス

Journey Builder は、顧客データを活用して、パーソナライズされた自動化コミュニケーションを実現し、顧客エンゲージメントを新たなレベルに引き上げるための変革的なツールです。しかし、その真価を発揮させるには、単に機能を使いこなすだけでなく、戦略的な視点が求められます。

Salesforce コンサルタントとして、私が推奨するベストプラクティスは以下の通りです。

  1. スモールスタートと反復的な改善: 最初から全てのシナリオを網羅した巨大な「メガジャーニー」を構築しようとしないでください。まずは、最もインパクトの大きいシンプルなジャーニー(例:ウェルカムジャーニー)から始め、その成果を測定し、得られた学びを元に改善を繰り返していくアプローチが成功への近道です。
  2. 明確なビジネスゴールの設定: 各ジャーニーには、「コンバージョン率を5%向上させる」「顧客満足度スコアを10%改善する」といった、具体的で測定可能なビジネスゴールを設定してください。Journey Builder のゴール機能を活用し、常にパフォーマンスを監視することが重要です。
  3. 自動化ではなく、パーソナライゼーションを目指す: Journey Builder は自動化ツールですが、その目的は顧客との関係構築です。Contact Builder に統合されたデータを最大限に活用し、AMPScript (アンプスクリプト) などのパーソナライゼーション言語を用いて、メッセージの内容を一人ひとりの顧客に合わせて最適化しましょう。
  4. 顧客体験の全体像を意識する: ジャーニーを設計する際は、マーケティング部門の視点だけでなく、営業、サービス、コマースなど、すべての顧客接点を考慮に入れた、一貫性のある顧客体験を描くことが重要です。Salesforce プラットフォーム全体でデータを連携させることで、真に顧客中心のコミュニケーションが実現します。

Journey Builder を正しく活用すれば、企業は顧客とのエンゲージメントを劇的に向上させ、長期的なロイヤルティを築くことができます。テクノロジーの導入だけでなく、その背景にある戦略とデータ、そして顧客への深い理解こそが、成功の鍵となるのです。

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